2012年4月27日金曜日

遠かった東海岸 (ボストンにて)

4/26 (木) くもり時々小雨

ダラスでアメリカン航空を乗り継ぎ、ようやくボストンへたどり着いた。
家を出たのが午前8時で、ホテルに着いたのが日本の翌日午前6時なので、22 時間かかったことになる。

今日は JAL もボストンへの直行便はなかったみたいで、どうも毎日運航しているわけではないらしい。
帰りは直行便なので、往きよりはずっと楽できるはずで楽しみだ。

往きの飛行機の中で PBLD の予習をしたのだが、肺切除術の際の術前評価に関する項目がずいぶん多かった。
日本の実際の臨床でどのぐらいやっているのかよくわからないのだが、いくつかの欧州のガイドラインによると、一秒量と DLCO の予測値が 80% を下回る場合は運動負荷テストに進むようになっていた。

本格的な術前評価は自分にとっては弱いところなので、明日はこのあたりを中心に勉強してみたい。

2012年4月26日木曜日

麻酔科はお咎めなし

ゴールデンウィーク間近の成田空港はやけに混んでいて、搭乗手続きだけでなく、セキュリティ・チェックの通過にも、いつも以上に時間がかかってしまった。

それでもなんとか出発ゲートにたどり着き、いろいろと試行錯誤の末にインターネットへの接続に成功したところ。
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備忘録への記録が遅くなったが、先日、クリニカル・クラークシップに関する会議に出席した。
学生へのアンケート結果をもとに、今後さらにクラークシップを充実させようというものだ。

このアンケート結果によると学生が一部の診療科の教育に不満を持っているようなのだが、それがいかにもふだん忙しそうな診療科だけに、対策を講じるのも大変だと同情を禁じ得ない。

ちなみに麻酔科はアンケート期間中にまわってきた学生はいなかったみたいで、褒められもせず苦にもされず・・・といったところで、お咎めなし。

2012年4月18日水曜日

ポスターできた

バンクーバー留学時代の指導医と連絡を取り、来週後半に行なわれる Thoracic Anesthesia Symposium のポスターの内容がようやく決まった。

本来だったらウチの大学のプリンタ室を使ってポスターを印刷し、現地へ直接持って行くところだが、時間が十分にはないことと、飛行機での旅の途中でなくなる (lost baggage) リスクが皆無ではないことから、今回はインターネットを使って学会と提携しているプリント業者に依頼することにした。

こうすることで実際にポスターを持って行く手間が省けるし、ポスターをなくす心配もないというわけだ。

ただし費用はそれなりにかかり、印刷費用だけでなく現地で受け取るためのサービス料、さらには税金まで加えて 200 ドル弱かかってしまった。
安心を買ったというふうに解釈するしかないだろう。

2012年4月12日木曜日

RCS2012 --- 半分埋まった

東京麻酔専門医会の S 先生からのメールによると、リフレッシャーコースセミナーの参加申し込み者数が、現時点で予定定員の半数を超えたとのこと。

まだ臨床麻酔にも LiSA にも予告が載っていない段階なので、口コミとかフェイスブックなどでの宣伝が効いたということなのだろう。

残りの半数の席が、このブログを読んでくれた人たちで埋まってくれるととてもうれしい(笑)。

2012年4月11日水曜日

USB メモリ復活

数か月前に USB メモリの調子が突然悪くなり、パスワードを要求してこなくなっただけでなく、データに一切アクセスできなくなるということがあった。

B 社に問いあわせてみたものの回答はこれといってパッとしたものがなく、結局は再度フォーマットが必要だというものだった。

フォーマットを行なうということは中身のデータを失うというわけで、なかなか決心がつかずこの数ヶ月間放置していたのだが、かといっていつまでも放っておくわけにもいかず、ついに今日フォーマットを行なったというわけだ。

パスワードつきの USB メモリがあっさり壊れたのは、これが2回目だ。
パスワードつきでないものにくらべて、脆い印象が否めない。

2012年4月10日火曜日

CBT 問題作成講習会

当直明けだったが、眠い目をこすりながら CBT 問題作成講習会に出席した。

これはうちわの試験ではなく全国で使われるものだけに、問題の作り方にも厳密なルールがあるということを再確認することができた。
自分が過去に受けた国家試験なんかでもそういうルールはあったに違いないわけで、受ける側だと作り手側の苦労を感じることはないが、ひとたび作る側にまわるとたいへんな道のりであるように感じられる。

講習会では良くない問題の例が挙げられ、それを良いものに作り直されるプロセスが紹介されていた。
これを見ると良い問題を作るには相当の技量が必要とされるのは明らかで、この道に長けた人のアドバイスが欠かせないように思われる。

2012年4月4日水曜日

初めての「帰宅困難者」体験

昨日は異常に発達した低気圧のせいで、夕方から夜にかけて東京・御茶ノ水にも暴風が吹き荒れた。

一部の地下鉄を除いて大部分の鉄道が運転を見合わせる事態となり、たまたま自分が IC だったということもあるのだが、9時過ぎに大学を出ることになった。

あとから考えれば北千住から TX に乗り換えて、さらにバスを使うのが最善手だったと思うのだが、それに気づいたのは北千住を過ぎたあとだったので、そのまま終点の綾瀬まで行ってしまった。

そこでじっと待つのが次善手だったのだが、待つのは苦痛だったため、亀有方面にずんずん歩き始めることにした。
昨年の大震災では多くの人が帰宅困難者となってしまい、家まで歩くことを余儀なくされたことが記憶にあったということもあるのだが、ひょっとしたら亀有ではタクシーを拾えるかもしれないという淡い期待があったことも事実だ。

ところが亀有でもタクシーを待つ客で長い列ができており、そこでタクシーをつかまえる根気がなかった。
それでもそこでじっとしていれば良かったのだが、金町方面に歩き始めたのが痛恨の大悪手だった。

途中まで歩いたものの、線路と直角に走る河川敷に行く手を阻まれ、亀有まで戻らざるを得なくなってしまった。
この時点でもう足がパンパンになっており、疲れがどっと出てしまった。

亀有に戻ると幸いなことに常磐線が復旧しており、混み合ってはいたが家に帰ることができた。

大震災時を経験していない自分にとっては、これが初めてのいわゆる「帰宅困難者」体験だった。
いざという時は体力勝負だということを、痛感せずにはいられない。