2015年4月27日月曜日

ブランド力、弱すぎ(怒)

先日、久しぶりに深夜の呼び出しをくらい、タクシーで大学に向かった。

ところがその時のタクシーの運転手に行き先を理解してもらえず、「日本歯科大学」とか「東京医科大学」と勘違いされ、大いに困った。

30年前、教養部で国府台キャンパスに通っていたころ、市川からタクシーで間違って新宿(東京医科大学)に連れて行かれた同級生がいたらしいが、巷のブランド力としては当時と実質的に変わっていないことは認めざるを得ないように感じた。

東大とか早稲田、慶応だったら、絶対に間違えられないと思う。

2015年4月16日木曜日

ペーパーレスな授業

昨日、医学科4年生を対象に午前と午後1コマずつ講義を行なった。
教務掛に送った講義資料をウェブ上に載せておいてくれたみたいで、学生はタブレット片手に授業を受けていた。

約30年前、自分が学生のころ、萬年教授の発生学の講義で色鉛筆片手に必死に板書を書き写していたのが、本当に遠い昔のことのように思える。

タブレットならその気になりさえすれば音声を録音するのもきっと容易なわけで、ランチの後の講義で安らかに昼寝していた学生の気持ちもよくわかろうというものだ。
 

2015年4月12日日曜日

三高先生のお祝いの会

この3月で大学を退官された三高千惠子先生をお祝いする会が、ホテル椿山荘東京で行なわれた。

昨日までちょっと寒かったのだが今日はとても暖かくなり、お祝いには絶好のタイミングだったように思われる。
 
三高先生はすでに新しい職場で勤務を始められており、とても充実した毎日を過ごされているような印象を受けた。

2015年4月8日水曜日

講義のペーパーレス化

まもなく医学科4年生対象の授業が始まるのだが、講義のペーパーレス化に伴い、今年は講義の資料が学内のネット上に保存され、プリントする必要がないということを、今日初めて知った。

今まで80人分ぐらいのハンドアウトを抱えて授業に向かっていたこと、授業の最初にハンドアウトを配布することが決まりごとになっていたことを考えると、画期的なできことであるように思える。

教務からのメールには、「動画を再生する際には自分の PC を使うこと」みたいなことが書いてあったので、動画を再生しないのであれば、教員は手ぶらで教室に向かうことも可能だということなのだろう。

環境にも教員にも優しそうだが、学生の立場からするとラップトップとか iPad みたいなものを携帯する必要があるわけで、彼らの評判はどうなのか気になるところだ。

2015年3月30日月曜日

ASA --- 抄録の提出

今年も懲りずに、ASA に演題を登録してみた。
おととし、去年とうまいこと採択されたが、今年はネタ切れだし、きっと採択されないだろう。
でもまあ、採択されれば発表してくれる T 先生が大学を離れることになっているし、一応、思い出作りのつもり。
 
演題の登録手順は去年とほぼ同様だったので、去年よりははるかに短い時間でスムーズにできた。
しかし、ファーストネームやラストネーム、メールアドレスによる検索システムはうまく稼働しておらず、改善の余地は大いにあると思う。
 
去年も同じことを感じたが、演題登録のシステムに関しては、日本麻酔科学会の方がずっとうまくいっているように思う。
 

2015年3月25日水曜日

どれがスシか?

PubMed には文献のアブストラクトなどをメールで送る機能があるのだが、おそらく迷惑メール防止のためにだと思うが、ロボットではなくヒトがメールを送付していることを確認する手続きが必要となる。

多くの場合はアルファベットを読んで打ち込むというものなのだが、先日、一回だけなのだが写真を何枚か見せられ、そのうちどれがスシなのかを尋ねられたことがあった。

明らかにスシの写真や明らかに違うものもあったのだが、ちょっと微妙なものもあったりしてやや判断に難渋したが、最終的には合格をもらうことができた。

世界中にはスシを食べない地域もあると思うのだが、グローバルな PubMed のことだから、当然、地域による文化の違いを考慮に入れていると考えておくことにする。

2015年3月17日火曜日

過去の自分との対話

昨年の今ごろ、某麻酔系学術雑誌へ投稿した原稿のゲラ刷りが、1年の時を経て今ごろ手元にやってきた。
締め切りを守るために必死に書いたのに、出版のプロセスが遅すぎるのは明らかで、正直、腹立たしい。

ゲラ刷りを見ると、「あれ、こんなこと書いたっけ?」というような内容で、違和感が否めない。
それで投稿したファイルを確認してみると確かに自分が書いたものなのだが、まるで他人が書いたもののような気がしてならない。
また、過去の自分から自分が今持っていないものを学んでいるような気がして、何かちょっと調子が狂う。

原稿の内容は決して悪くはなかった。
ただ、今の自分から過去の自分に指導することがあるとすれば、日本語が全体的に冗長で、一文一文が長すぎる。
今ならこういう書き方はしないはずなので、この1年の間に日本語に対する感覚が研ぎ澄まされたことによるのだと、とりあえずこの経験を前向きに受け止めておくことにしようと思う。