2011年12月30日金曜日

K 先生歓送会など

仕事納めの28日に、12月いっぱいで島根大学での短期研修のために大学から異動する K 先生を囲んで歓送会が催された。
てけてけ 御茶ノ水店にて。

最近は予定手術が午後5時に終わることはなく、この宴会は午後8時から始まったのだが、自分が研修医だった20年前には午後5時よりも前から医局で酒を飲んでいた先生方が多数おられたことを考えると、まさに隔世の感がある。

バンクーバーに留学していた頃、歯の詰め物が取れてしまってそれを入れ直すために歯科医を受診したことがあった。
その時の診療費(116ドル80セント)の一部を負担してもらうために帰国後に大学に書類を提出していたのだが、ようやくそれが支払われることになった。

日本の診療点数に換算すると 557点とのことで、その自己負担分(3割)を除いた分(3899円)が口座に振り込まれたようだ。
自分が現地で支払った額にくらべるとずっと少額なのだが、それでも戻ってきただけでも良しとしなければならないだろう。

さらに今日は、JB-POT の結果が郵送されているのに気づいた。
2年間も臨床から離れていて、とうてい合格は望めないと思っていたのだが、なぜかうまいこと合格していた。
この年末で資格が切れるところだったので、ちょうど良かった。

2011年12月25日日曜日

自動書庫・・・壊れた

当直明けの休日だったがどうしても必要な文献があり、オンラインで図書館に自動書庫からの取り出しを予約してコピーしに行った。
ところが行ってみると、自動書庫からの取り出し機能が作動していない。

司書さんに尋ねたら、最初は作動させ忘れたとのことだったが、そのうちどうやっても動かないということがわかり、結局は引き上げざるをえない状況になってしまった。

自動書庫は便利だが、機械なので故障こともあるのだろう。
簡単にちょっと行ってコピーして帰る・・・というわけにはいかないのでやっかいだ。

2011年12月23日金曜日

エアウェイスコープとダブルルーメンチューブ

先日のセミナ-で車先生にダブルルーメンチューブの挿管困難対策についてうかがったのだが、その時いただいたヒントをもとにネット上で検索してみた。

それでわかったのだが、どうやらエアウェイスコープを用いてダブルルーメンチューブを挿管する方法は、その限界も含めてかなり確立しているようだ。
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/31/5/892/_pdf/-char/ja/
http://www.youtube.com/watch?v=v-mfwtom6_4

また、ダブルルーメンチューブを意識下に挿管する方法は、論文になっているのかどうかはよくわからないが、学会ではすでに発表されていることがわかった。
http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/201102272681135359

2011年12月21日水曜日

図書館のシステム

今日は「麻酔」の中で必要な文献があったので、コピーするために図書館に出かけた。

以前にリニューアルした図書館に行って、あまりにも立派になっているのに驚いたことはすでに書いたのだが、今日も製本された雑誌がどこにも見つからず、戸惑ってしまった。

しかたがないので図書館の司書さんに尋ねると、リニューアルされてからは製本された雑誌類はすべて自動書庫にあるとのこと。
それを取り出すにはオンラインで申し込まないといけないのだそうだ。

システムがあまりにも変わってしまってさっぱりわからず、司書さんに手取り足取りやり方を教えてもらった。

申し込みは研究室からできることを考えると、慣れれば便利そうだと思う。
図書館では機械に自分の ID をかざすとディスプレーに自分の予約した内容が表示され、ディスプレー上のボタンを押すと目当ての雑誌が機械で自動的に運び出されるようになっている。

機械が動いている時間が異常に長く感じられた。
操作を開始してから実際に本を取り出すまでに、5分以上はかかったと思う。
次に待っている人がいると、なんか落ち着かない。

送別会・・・出られなかった

今日(正確には昨夜)は近々大学を離れる O 先生の送別会があったが、急患に次ぐ急患で、とうとう出席を断念せざるを得なかった。

手術部の全ての部屋が使われてしまい、部屋がないという理由で(部屋がリミッターとなって)入室ができなくなるという事態は、自分の 15 年近いインチャージの経験でも初めてのことだったように思う。

飯田橋だか水道橋だかのイタリアンだったような気がするのだが、仕事とはいえとても残念だった。

2011年12月18日日曜日

同門会の忘年会

麻酔科同門会の忘年会が京王プラザホテルで行なわれた。

ウチの麻酔科の同門会は発足してからまだ歴史が浅く、忘年会は今回でまだ2回めだ。
昔、お世話になった先生方や、他科に転科された先生方も多数来られ、懐かしく楽しい時間を過ごすことができた。

忘年会に先だって気道管理セミナーが催され、済生会松阪総合病院の車武丸先生が「意識下挿管のすすめ」というタイトルで講演して下さった。
ふだんからやっていても、意識下挿管というと「つらそう」とか「苦しそう」などというイメージがあるし、時には前時代的だという批判を受けがちではあるが、動画を随所にちりばめた車先生の華麗なプレゼンを目にすると、工夫次第では苦痛なくスマートに意識下挿管ができるのかもしれないと、ついついその気になってしまう。
気道確保そのものだけでなく、プレゼンの技法という点でもとても勉強になった。

上の写真は講演のあとのハンズオンセミナーの様子。
エアウェイスコープ、トラキライト、i-gel なども人形相手に試すことができ、麻酔科の現役から離れた先生方にとっても興味を持っていただけたのだろうと思う。

2011年12月17日土曜日

写真撮影

バンクーバー便りの時みたいにブログのヘッダーに写真を使いたいと思い、カメラを持ってお茶の水橋へ。

御茶ノ水近辺で有名なところはいくつかあるが、まあまずは定番の聖橋を撮ってみた。
中央線と丸ノ内線が同時に両方走っているところを撮りたかったが、なかなかそうはうまくいかず根気ももたないのでそれは断念した。

ところがヘッダーに細長く写真を載せようとしてもサイズの調整がうまくいかず、そっちも断念し結局は今の形にしてしまった。
知らない人には聖橋だとわかりづらいかもしれない。

2011年12月14日水曜日

本棚が分解

研究室の自分の机の本棚に A4 のファイルが入らないことに気づき、棚の高さを高くしようとしたところ、けっこう派手な音がして金属の棚が空中分解してしまった。

あせって直そうとしたものの、どのように組み立てたらよいのかわからず四苦八苦してしまった。
が、同じ部屋の准教授・講師の先生方が手伝ってくれて、何とか元の形に戻すことができた。

復職してから3か月が経過したが、少しずつ荷物が増えてきて、以前の研究室のようにゴミが溜まり始めているところ。

2011年12月10日土曜日

冬が来た

ふだん MD タワーの1階にある自販機でガブ飲みコーヒーを買うのだが、朝は「冷たーい」だったのが夜には「温かーい」になっていた。

冬の訪れを実感する瞬間。

2011年12月8日木曜日

安全管理講習会

全職員に参加義務のある安全管理講習会に出席してきた。

東北大学病院の医師、看護師、薬剤師、栄養士などさまざまな立場の人たちが震災に際して何を考えたか、どう行動したかを学ぶことができる貴重な機会だった。

普通だったら自分たちが生きることを考えるだけで精一杯のはずだが、彼らはさらに前線にいる医療従事者や患者のサポートまで考えて行動していたというのだから驚きだ。

2011年12月7日水曜日

M 先生の送別会

タイから来ていた M 先生が2カ月の滞在を終え、まもなく帰国することになった。

そこで昨日は O 先生が送別会を、駅前の福の家で企画してくれた。

最初は少人数でちびちびと飲んでいたが、仕事を終えた研修医の先生たちが次々と駆けつけてくれて、大いに盛り上がった。

M 先生は全然アルコールを飲んでいなかったが、タイでは女性が酒を飲むという習慣がないらしい。

2011年12月3日土曜日

湯島の焼き鳥屋

つい先日、T 先生と「鳥恵(とりえ)」という焼き鳥屋に飲みに行った(ゴチになってしまった)。

大学の正門を出て北側にずんずん歩き、湯島の駅のそばにある店。

カウンターのほかはテーブルが2つのみで広くはないが、静かでとても雰囲気は良かった。
焼き鳥はもちろんのこと、燻製がうまかった。

その後、御徒町方面へ歩いたが、一つの脇道に入るとわずか数十メートルの並びに寿司屋が3軒もあった。

どの店に入ったかは覚えていないが、その中の一軒で撮った写真を上に載せておく。
本当は鉄火巻がもう1つと、にぎりもあと1つのっかっていたような気もするが、酔っぱらっていたのであまり定かではない。

2011年11月28日月曜日

Paratrend 7 --- 廃棄処分へ

麻酔科控え室に長いこと放置してあった Paratrend 7 が、ついに廃棄処分になることになった。

センサーが輸入されなくなってから久しく、ほこりをかぶっていたところだった。

Paratrend 7 は 90 年代後半に自分が thoracic anesthesia の勉強をするきっかけになったモニターで、これのおかげでいくつか論文を書くことができた。

MS-DOS で動くソフトをモニター業者からもらい、それを使って来る日も来る日も連続モニタリングしたことが懐かしく思い出される。

2011年11月26日土曜日

研修最終日の徹夜

昨日は当直だったが、オンコールということで研修医の S 先生と N 先生が最後までつきあってくれた。

特に S 先生は一睡もしていなかったので、きっと大変だったことだろうと思う。

二人とも麻酔科での研修は昨日が最終日だったのだが、比較的に QOL が良い麻酔科研修にあって最後の日がオールナイトの仕事だったということで、記憶に残る夜になったのではないかと思う。

二人の今後の研修がますます実り多いものとなるよう祈りたい。

2011年11月21日月曜日

学生係引き継ぎ

もうすぐ大学から異動する O 先生を引き継ぐ形で、学生係の申し送りを受けた。

十数年前は学生係は「ちょっとした雑用」でしかなかったのだが、今はある意味、ものすごい重労働であり、教官としての本来の業務であることを実感させられる。
とても片手間でできるようなことではない。

しかも臨床実習を意味する用語も時代とともに変わってきていて、現状を把握するのがたいへんだ。
自分たちが学生のころは BST、その後 BSL となり、何年か前にハーバードに行った時は CCI とか CCII とかって言っていたと思うのだが、今は CB だとか CC と言うらしい。

2011年11月16日水曜日

利益相反自己申告書

復職してから早いもので、もう2か月半が経過した。
大学で新しい研究をそろそろ始めないといけないわけで、今日は事務に利益相反自己申告書という書類を提出してきた。

これは企業などからお金を受け取っていないかどうか、株を所有していないかどうかなどについて申告するもので、これを提出しておかないと倫理委員会で審議さえしてもらえない。
カナダに行く前はそういうのはなかったと思うので、この2年間に新しくできたシステムらしい。

研究を始めるにあたって必要なこういう手続きについては、浅井先生の本がとても役に立つ。
上司が持っているのでチラチラのぞいているのだが、ステップごとに丁寧に説明されているのでありがたい。

2011年11月13日日曜日

JB-POT 三たび・・・

久々に JB-POT の試験を受けるために、新宿まで出かけてきた。
以前はマークシートに鉛筆でマーキングをしていたように思うのだが、今回から CBT となり、ずいぶんと趣きが変わったように感じた。

反省を込めて、今回できなかったことで覚えていることを書き留めておくと、
1) 原理が 10 問も出たので、合格を目指すには原理を学んでおくと得かも
2) 波長を求める問題ができなかった。パルス数が x 個の時に xx MHz の波の波長はいくつ? とか
3) その際の距離分解能はどのくらいか? とか
4) 大血管転移の分類
5) PISA の実際的な利用方法
6) コントラストエコーの意義
7) 収縮性心膜炎や心タンポナーデの際の病態生理
といったところか。

初めて試験を受けた時はあまりの出来の悪さにショックを受け、帰りに暗記カードとか蛍光ペンとかを買い込んだものだが、今回の場合は予想通りの出来の悪さなので、結果を淡々と受け止めている。
JB-POT はちょっとした小手先の勉強でこなせるようなものではないので、日頃からの臨床活動にからめて地道に努力することが、あたりまえだが重要なのだと思う。

それから、昼食休憩の時には弁当とお茶が配られたことも、来年以降の受験を考慮してこの備忘録に載せておきたい。

2011年11月10日木曜日

初めての当直

つい先日、復職以来初めて大学で当直した。

日勤帯の延長症例や緊急症例が夜遅くまで残ったものの、幸いなことに深夜から早朝は何ごともなく平和な一夜だった。

しかし当直室の寝苦しさはあいかわらずで、いまどきエアコンの効いていない当直室は珍しいのではないだろうか。

日本の猛暑の夏に当直していた同僚たちは、本当に大変だったことだろうと思う。

2011年11月7日月曜日

2年ぶりの朝カン

今朝は復職以来初めて、自分としては2年ぶりに朝カンで抄読会を担当した。

2年前とはノートパソコンは同じ機種だったが、プロジェクターが新しくなっていて、操作にとまどってしまった。

もともとは術前の絶飲食に関するガイドラインについて話すつもりだったが、先週、呼吸器外科の先生から手術中の人工呼吸設定について申し入れを受けた関係で、そっちに多くの時間を費やすことになってしまった。

2011年11月5日土曜日

御茶ノ水便り --- 移行完了

今まで自分のホームページからここへ御茶ノ水便りを移行する作業を続けてきたが、ようやく今日で終わらせることができた。

ホームページ・ビルダーで自分のホームページ内にブログを作るよりは、できあいの感じがあったとしてもすでにインターネット上にある Blogger のようなものを利用した方が、簡単で見た目がいいような気がする。

2011年11月4日金曜日

祝日出勤

タイから来た M 先生は、昨日、国民の祝日だということに気付かずに病院に来てしまったとのこと。
水曜日の夜の時点でちょっと嫌な予感がしたので「明日は休み」というメールを送ったのだが、それを読んでくれていなかったらしい。

それで思い出されるのは、バンクーバーに行って1年目の時に、いつが祝日なのかさっぱりわからなかったことだ。
かろうじてオペ室の週間予定表を見て、予定が入っていないところは祝日だろうとアタリをつけるのがせいぜいだった。

もっとも休日に誰もいないオフィスに来て、音楽を聴きながら仕事をするのが好きだったので、祝日に気付かずに登院したところでどうということもなかったのだけれども・・・。

2011年11月1日火曜日

同門会名簿

もうすぐ・・・とは言っても12月なのだが、同門会の忘年会が企画されている。
今日はその同門会の名簿を見ながら、懐かしい先輩たちやかつての仲間たちのことを思い出していた。

懐かしいなあ・・・と思っていたら、ふと、自分が名簿に記載されている大部分の人たちの顔を思い浮かべることができ、しかも自分よりも若い人の数がけっこう多いことに気がついた。
毎日毎日同じことを繰り返して何も変わっていないようでも、確実に歳月は過ぎているようだ。

2011年10月29日土曜日

BIS とホットショット

右の写真はシカゴの川の北側で見つけた、おそらくマリリン・モンローの像。
風にひらめくスカートの内側をわざわざ写真におさめている人もいたが、そういうことは自分にはとうていできないと思った。
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復職後2カ月近く経つが、いまだに戸惑う(戸惑わせる)ことがしばしばある。

先日は、ウチの全てのオペ室のモニターに BIS が組み込まれているのを知らず、BIS のセンサーを持ってきた研修医に BIS の本体を持ってくるように指示してしまった。
かつては BIS の本体を運んでいたことを知らない研修医が戸惑ったことは言うまでもない。

心外ではホットショットといって、加温した心筋保護液と血液とが人工心肺から投与されていたのを初めて見た。
挿管とかエピドラの腕が落ちたという実感は今のところないが、日常のふとした瞬間に2年間で失った(得られなかった)ものがあることに気づく。

2011年10月26日水曜日

臨麻の予演会

もう本番まであまり時間がないのだが、夕方、臨麻の予演会が行なわれた。
ウチからは3題出されるもようで、全て症例報告。

ビックリするぐらい珍しい症例だというわけではないのだが、それでもああでもない、こうでもないと妙に盛り上がった。
いろいろな考え方があるから、臨床はおもしろい。

また、いわゆる「同門」だとだいたい意見は似通ってくるものだが、M さんのように全く異なるバックグラウンドの麻酔科医が一人混じると新鮮な意見を聞くことができて、学会の準備としてはとても良かったんじゃないかと思う。

2011年10月25日火曜日

英語 de 朝カン

今日から毎週火曜日の朝のカンファレンスは、英語で行われることになった。
ウチの教室員にとっては目新しい試みのようだが、自分が知る限りでは過去には同じことをウチでもやったことがあったようだし、一部の臨床科や基礎研究部門ではそういう慣習ができあがっているらしい。

なので、できればこれを新しい伝統として続けていきたいものだ。
ちなみに今日のイン・チャージは自分だった。

タイから来た M さんにカンファレンスの内容を理解してもらうことがねらいのようだが、これからも長くやっていれば、教室員の英語力もまちがいなくアップするはずだと思う。
言語野がどうのこうのと言っても、結局ネイティブじゃない人ががしゃべれるようになるかならないかは、単に血のにじむような努力をするかしないかだけのことだと感じている。

2011年10月20日木曜日

ASA 最終日 --- 自分の発表

10/19 (水) 雨のちくもり

ASA 最終日の午前8時からの oral presentation で、バンクーバーでやった仕事の一部を発表した。
会場に USB メモリを持って行くことになっていたのだが、係員が何を勘違いしたのか別の部屋に持って行くように指示したりして、なぜか開始前にひと悶着あった。

1時間半に6人が発表したのだが、聴衆は発表者も含めて最大 15 人程度といったところ。
最終日の早朝に、雨の中、わざわざやって来る人はいないというわけだ。

聴衆の中に、なぜか自分の発表をビデオに撮らせてほしいと言う人が一人いた。
ポスター発表と違って聴衆が遠くにおり、質問が聴きづらくてちょっと困ってしまったが、座長がうまいこと助け舟を出してくれた。
聴衆からの質問の内容は容易なものばかりで、座長の質問も想定範囲内だった。

発表の後、ダッシュで空港へ。
新しいシステムが導入されたらしく、セキュリティチェックのところでバンザイしつつ X 線検査を受けることになった。
X 線検査が行われるようになったためか、セキュリティでのピリピリ感が以前よりも幾分緩和されたように感じた。
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昨日までにシカゴで撮った写真のうち、いくつかをそれぞれの日にちのところにアップロードした。
 

2011年10月19日水曜日

ASA 第4日

10/18 (火) くもり

昨夜はなぜかほとんど一睡もできず、朝を迎えてしまった。
ジョン・ハンコック・センターにおみやげを買いに行った時は、それでもまだ元気だったが、午後になるとどうにも眠くてたまらず、リフレッシャー・コースの時はうつらうつらしてしまった。
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Stephen D. Surgenor.  Transufusion Theapy: Optimal Use of Blood Products.
前に聞いたことがあるような内容だった。同じ演者だったかもしれない。

輸血に基づく感染症のリスクは減少している。
現在は HIV も HCV もリスクは 1:1,000,000 以下。

今は感染症以外のリスクが問題。
ABO 不適合 → 急性溶血反応 リスクは 1:100,000 以下
Transfusion-related immuno-modulation  癌の再発率、sepsis、肺合併症、創感染症などを増やし、長期生存率を下げる

Universal FFP は AB 型
TRALI の原因としては、ドナーの抗白血球抗体の存在が考えられている。
女性の血液由来の FFP は、TRALI のリスクが高い。

大量輸血の定義
24 時間以内に 10 U 以上の赤血球輸血
小児では、24 時間以内に循環血液量分の赤血球輸血
アシドース、低体温、凝固障害が起こりうる
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Uday Jain.  Patient Safety During Critical or Difficult Intubation: Avoiding and Extricating Oneself from, Cannot Intubate, Cannot Ventilate Situations

CICV では Bail Out アルゴリズムから始まる。
1) 助けを呼んで difficult airway cart を手に入れる
2) 2 person technique を行う
3) 口咽頭エアウェイや LMA などの rescue airway を挿入する

アルゴリズムがうまく行かなかったら耳鼻科を呼んで、surgical airway を試みる。Surgical airway には3種類あって、
① 6 mm の気管チューブを輪状甲状間膜から
② Melker cricothyrotomy
③ 14 ケージのカテか専用のカテーテルを用いて、Transtracheal Jet Ventilation (TTJV) を行う。100% O2 10-20 PSI で(50 PSI は圧外傷などのリスクが高い)行なう。

2011年10月18日火曜日

ASA 第3日

10/17 (月) 晴れ

午前、午後と Thoracic Anesthesia 関係のリフレッシャーコースがあり、それぞれ参加してきた。
Jerome Klafta.  Strategies for success in one-lung anesthesia.
Edmond Cohen.  New developments in thoracic anesthesia.

演者が変わっていないので仕方がないのかもしれないのだが、内容的には2年前のものと変わっておらず、新たな情報はほとんど追加されていなかった。

この5年ぐらいは保護的一側肺換気がはやったり、新たなデバイスが開発されたりして、Thoracic Anesthesia の進歩は著しかったが、とりあえず落ち着いたということなのだろう。
それでも自分のホームページで紹介したかった論文がいくつか紹介されたので、とりあえずそれをここにメモしておくことにする。

リークテストの図がある論文 J Cardiothorac Vasc Anesth 1997; 11: 599.

左気管支が極端に細く、左用 DLT が入らなかった。 J Cardiothorac Vasc Anesth 2002; 16: 260.

ダブルルーメンチューブのサイズ選択には、現時点では合意がみられない。 J Cardiothorac Vasc Anesth 2003; 17: 287.

35-37 Fr のDLT の気管支ルーメンの外径を測ったら、同じサイズのチューブの間でもばらつきが大きく、違うサイズどうしの間での径の重なりが大きい。 Anaesth Intensive Care 2003; 31: 50.

(「盲目的に」という意味だと思うが、)左用 DLT を挿管すると、右気管支に入ってしまう頻度が案外と高い。 J Cardiothorac Vasc Anesth 2003; 17: 289.

DLT の最適な深さを予測するのは困難。 J Cardiothorac Vasc Anesth 2002; 16: 456.

時々しか Thoracic Anesthesia をやらない麻酔科が気道確保をすると、DLT や BB などどのデバイスを用いてもうまくいかないことが多い (38%)。  Anesthesiology 2006; 104: 261.

肺全摘後で気管気管支がある症例の残存肺手術に、BB を2本使って気道確保を行なった。 Anesth Analg 2011; 112: 688-92.

Passive ventilation の概念。非手術側肺に一側肺換気を行なうと、圧変化が伝わるために手術側肺(非手術側肺)が受動的に換気される。 Anaesthesia 1999; 54: 437.

内因性 PEEP の説明に使える図。 Anesthesiology 2004; 101: 1129.

CPAP が一側肺換気中の酸素化を改善することについては約束されている。 Anesthesiology 1981; 55: 381.

Lung isolation は健側の肺を血液や膿から守ることで、この場合はダブルルーメンチューブが必要になる。
Lung separation は手術のために換気を分離することで、この場合は気管支ブロッカーでいいだろう。

Cohen blocker では先端がコントロールできる wheel がついているので、左右どちらの気管支にも楽に入れることができる。
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心臓手術の麻酔のパネルでは、Vasoplegia に関して質問が集中していた。

Vasoplegia の発生頻度は 10% で、on pump で 7%、off pump で 3%。
リスクは術前のヘパリン、ACE-I、βブロッカー、カルシウム拮抗薬、カテコラミンの枯渇、LVEF < 35%、プロタミンの使用、長時間の CPB。

治療は 0.02-0.04 U/min 程度のバゾプレッシン、メチレンブルー。
メチレンブルーは MAO-I であり、脳内のセロトニン分解を阻害し、serotonin syndrome を起こしうる。

2011年10月17日月曜日

ASA 第2日 --- 指導医との再会

10/16 (日) 雨のち晴れ

Thoracic Anesthesia のパネルでバンクーバーの指導医がしゃべることになっていたので、それに参加しようと思ったのだが、建物の中で迷ううちにすっかり遅くなり、部屋に入れなくなってしまった。
どうやら中は盛況で、消防法に基づいて部屋の中の人数が制限されたらしい。

それで仕方なく、パネルが終わるころを見計らって外で待ち伏せ、結局は会うことができた。
バンクーバーで収集したデータの一部に関してはまだ学会発表も論文作成もしていないので、それをどうするかについて話し合い、さらに東京での仕事の進行について相談した。

こうして振り返ってみると、バンクーバーではデータの収集はできたものの、まだ実質的には何も成し遂げていないことに気が付かさせられる。
「留学」はまだ終わっておらず、学問を修める道はこれからも続くというわけだ。
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今日の午後は Anesthesia Society of Regional Anesthesia (ASRA) のパネルに参加した。

ブピバカインでの局麻中毒による心停止の際のおすすめとして・・・
1) 人工呼吸などの蘇生処置をしながら、 20% Lipid 1.5 ml/kg ボーラス
2) 続いて Lipid を 0.25-0.5 ml/kg/min 30分間 持続投与
3) 必要なら、ボーラスを2回
4) CPB を準備する。決してあきらめないことが重要。

局麻中毒 (local anesthetics systemic toxicity) の際の「チェックリスト」が、ASRA にも存在するらしい。
(昨日もそうだが、「チェックリスト」がすごくはやっている!)
局麻中毒による死亡症例は決して少なくなく、チェックリストで防ぐことができると考えられている。

抗凝固薬を慢性的に使用している時の硬膜外カテの抜去については、
INR< 1.5 の時にカテを抜くようにする、
1.5 < INR < 3 では注意深く抜去し、その後神経症状が起こらないかどうか注意深く観察する。

Dabigatran、Rivaroxaban は新しい抗凝固薬
合併症として出血が起こりうる。その場合は DDAVP、hemodialysis などで対処する。FFP は用いない。

2011年10月16日日曜日

ASA 第1日

10/15 (土) 晴れ 風が強くて寒い!

Opening Session: Target: Reducing Inpatient Surgical Mortality to Less Than 1% Globally

日本に戻った時に、ウチの職場で Sign In、Time Out、Sign Out というシステムがそれぞれ仮導入されていた。これらはどうも "Surgery Checklist" というらしいのだが、これによって手術に基づく合併症や死亡率が減少したとのこと。
(Sign In で自分の名前を改まって名乗るのが、なんとなく気恥ずかしいというかちょっと抵抗があるのは、アメリカでもそんなに変わらないらしい)

それからパルスオキシメータを用いずに手術を行っているところがいまだにあって、発展途上国にパルスオキシメータを寄付するような運動も行われているらしい。
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Anesthesia Patient Safety Foundation Workshop: Current Anesthesia Patient Safety Issues - Help Set the Priorities for Immediate Short -Term Resolution

麻酔による死亡率は減少しているが、medication error は減っていない。麻酔中は ①一人で投薬すること、②(必要に応じて)すぐに投薬すること、③担当外科医からの指示によることが多いこと、④外部からのチェックがほとんどないこと、が問題になってくる。
(ウチの Y 先生が JOA に載せたのデータが引用されていた。)

患者を ICU とか病棟に移動させた時に、コミュニケーション・エラーが起こりうる。午前中に話題になった "Check list" がここでも役立つ可能性があるらしい。

座位の脳神経外科手術における脳血流のコントロールの問題とからめて、脳血流の自動調節能の下限は、従来言われてきたものよりも高いらしい。Less permissive hypotension なのだと言っていた。

残存筋弛緩が術後(呼吸器)合併症をもたらすことは知られているが、ASA には筋弛緩モニタリングに関する十分なガイドラインが現時点では存在しない。

オペ室での火災を分析すると、その大部分のケースでは鎮静中の患者で高濃度の酸素が投与されている。2008年の recommendation では、①高濃度の酸素を投与する時はラリマなどで気道を確保すべき、②鎮静中の患者で気道が確保されていない(開放されている)時は高濃度の酸素を投与すべきではないとのこと。①については、会場の参加者の多くが賛同していた。

腹臥位での脊椎手術後の失明の頻度は、0 ~ 1:500、あるいは 1:1800 という報告がある。かなりまれだが起こると重篤。男性、肥満、Wilson frame、麻酔時間、出血量が ischemic optic neuropathy のリスク因子。コロイド投与は保護的に作用する。
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Refresher Course Lecture --- Perioperative Management of Petients With Respiratory Diseases

術前に最適な状態にもっていくことが重要
・術前に十分に呼吸機能を評価しておく
・ステロイドについてはルーチンにやるものではなく、必要に応じて行う。コルチコステロイドは麻酔導入後の喘鳴の頻度を減らし、気道反応性や炎症のコントロールに役立つ。
・禁煙は手術前の短期間でも役立つ。
・Incentive Spirometry

手術中の人工呼吸
・低一回換気量、PEEP、リクルートメント
・100% 酸素は避ける
・呼吸機能が悪くても、自発呼吸にはよく耐えることがある。

合併症を避ける上で全麻よりも区域麻酔が優るかどうかは、議論の余地がある。

2011年10月15日土曜日

シカゴに着きました

10/14 (金) シカゴは 晴れ

ASA で発表するためにシカゴへやって来た。

オヘア空港からブルーラインに 40 分ほど乗るとダウンタウンに出られるので、交通がとても便利だと思う。

さっそく Hyatt Regency Chicago まで川沿いを歩き、レジストレーションを済ませた。

空港に着いた時はちょっと暑いぐらいだったのだが、日が暮れると風が強いこともあって肌寒い。

2011年10月12日水曜日

ASA 予演会

タイから研究者として招かれた麻酔科医 M さん、今日で2日目。
自己紹介の時に日本語であいさつしていたのには驚いた。

きっと人知れず、何回も練習したんだろうなあ。
バンクーバーで英語でプレゼンした時のことを思い出してしまう。

夕方は ASA の予演会あり。
いろいろな質問や意見をいただき、とても勉強になった。

同僚とはどうしても日本語でのディスカッションとなってしまいがちだが、M さんが英語で質問してくれたので、ちょっと本番の気分を味わうことができたのが収穫。

2011年10月10日月曜日

このスタイルがいい

メモ書きのような自分のホームページを開設してからずっとそっちに日記を書いていたが、どうもホームページビルダーは慣れないし、自分のパソコンからでないと書き込めないことから、やっぱりこのスタイルに戻ることにした。
 
今まで書いた分を、これから少しずつこちらに移していくつもり。
 
なので、いずれは今日以前の日付の日記がこのブログ上に現れることになると思うが、それはあくまでも後付けです。

今日が実質的な初日ということにしておきたい。

2011年10月9日日曜日

日本心臓血管麻酔学会 (過去の投稿)

日本心臓血管麻酔学会のために、旭川まで行ってきた。
写真は旭川で食べたラーメン。

いつも思うことだが、心臓血管麻酔学会は学ぶことが多くて、本当にためになると思う。

例えば今回学んだこととして、胸腹部大動脈瘤のオペでは肋間動脈を再建しなくても、対麻痺の頻度はわずか 2% なのだそうだ。
脊髄は多くの側副血行路から血流の供給を受けているという考え (Collateral network concept) があるらしい。

術中や術後に MEP の信号が消えても、血行動態を維持することで復活することもあるのだそうだ。

2011年9月29日木曜日

カルチャーショック (過去の投稿)

今日初めて i-gel を実際に使うのを見た。

カフがないのに上気道の形状にぴったりおさまるなんて、にわかには信じ難い。

ブリディオンに続く、第2のカルチャーショックといったところか。

2011年9月28日水曜日

不健康診断 (過去の投稿)

職員対象の健康診断があったので受けてきた。

予想はしていたのだが、腹囲を測定し(てもらっ)たら今までの人生で最高値をマークした。(体重は人生最高値には達しなかった)

腹囲が大きくなった原因の半分以上は、おそらくカナダの高カロリーのメシのせい・・・だと思う。

2011年9月21日水曜日

生協食堂のメシ (過去の投稿)

生協食堂の昼メシが、安くてそこそこウマいのがうれしい。

今日の辛ミソラーメンは 300 円台前半だった。

VGH のカフェテリアはすごく有名だったが、普通のサンドイッチが6ドル代だったりして、腹いっぱい食べた上に飲み物も買うと 10 ドル以上かかるのが、休職中の自分には辛かった・・・。

2011年9月20日火曜日

シュレッダーに思うこと (過去の投稿)

院内のとある部署で個人情報が記載された書類を処分しようとしたら、なんとシュレッダーがないとのこと。

シュレッダーのかわりに、そういう機密書類を放り込むポストみたいな箱が置いてあった。

院内全体からシュレッダーが消えつつあるということを初めて知り、時代の移り変わりのようなものを感じる。

2011年9月14日水曜日

新しい図書館 (過去の投稿)

オンラインジャーナルではない紙媒体の文献を求めて、1号館(にあったはず)の図書館へ。

ところがそこには図書館はなく、見慣れない事務室の並びがあるだけ・・・。

ちょっと(かなり)あせったが、その後、図書館は研究室と同じ建物に移転していたことが判明。

新しい図書館は涼しくてきれいでゴージャスな気分に浸れるのだが、学生時代から親しんできた古い図書館がいつのまにかなくなっていて、なんかちょっと寂しい。

2011年9月10日土曜日

支部集会出席 (過去の投稿)

日本麻酔科学会関東甲信越・東京支部合同学術集会に出席するため、幕張まで出かけてきた。

午前中は呼吸の教育講演と PBLD、午後は筋弛緩薬のシンポジウムで、たくさんの新しい情報を得ることができた。

来年の支部集会はウチの施設が開催するわけなのだが、こんなふうに充実した盛りだくさんの企画を提供できるようにしたいものだ。

2011年9月2日金曜日

ついに復職 (過去の投稿)

大学に復職し、2日分の仕事が終わった。

研究に没頭していた時とは違い、オペ室での仕事は緊張感にあふれている。

麻酔科医としての存在意義を、再確認した2日間だった。

2011年8月31日水曜日

休職期間終了 (過去の投稿)

2年間の休職期間が、ついに今日で終わる。
明日からは満員電車に揺られて、職場と家との間を往復する毎日だ。

帰国から今日まで3週間ほど自由な時間があったが、ひたすら断捨離の毎日だった。
自分の部屋には捨てきれなかった物がまだ山のように残っており、秋も断捨離の続きに励むことになりそうだ。

2011年8月28日日曜日

パソコン壊れた (過去の投稿)

現在使っているノート・パソコンのハード・ディスクが一杯になってきたので、B 社の外付けのハード・ディスクを買った。
ハード・ディスク自体は調子が良かったが、それに添付されているいろいろなソフトウェアをインストールしていたら、突然、パソコンが立ち上がらなくなってしまった。

いろいろ努力したものの結局ダメで、仕方なく初期化するハメとなってしまった。
また、ホームページの作成に関しても、ファイルを FFFTP を使ってウェブサイトから一度ダウンロードし、それを慣れないホームページビルダー(クイックじゃない方)を使って編集せざるをえなくなってしまった。

ホームページビルダー・クイックよりもできることは多いのだが、よくわからないボタンやアイコンがたくさんあってとまどってしまう。

2011年8月25日木曜日

初めての研究室 (過去の投稿)

秘書さんからカギを受け取り、新棟に移転以来、初めて自分の研究室に入った。

自分の机と棚の上には1年分のチリが積もっており、不在だった歳月の流れを感じさせる。

ID こそまだ受取っていないものの、医療端末のカードも復活し、復職への準備が徐々に整いつつある。

県立図書館 (過去の投稿)

昨日、インターネットが使える涼しい場所を求めて、近所の県立図書館へ行ってきた。

無線 LAN こそないものの自分のパソコンでインターネットを利用でき、私立図書館よりも格段に使い勝手がいい。

医学関係の図書が新しいのにも驚いた。

和書についてはほとんどが 2000 年代後半のもので、大学図書館のようにボロボロになった昔の教科書をいつまでも本棚に置いておくということはないようだ。

2011年8月20日土曜日

がん研訪問 (過去の投稿)

昨日、9月以降の仕事の関係で、がん研有明病院を訪問した。

駅から近くて、新しくてものすごくきれいな病院。

帰る時に院内で予想通り迷子になり、いろいろな人たちに道を尋ねてようやく脱出することができた。

2011年8月18日木曜日

首の腫れ --- 見逃すな! (過去の投稿)

NHK の「新感覚医療エンタメ! 総合診療医ドクター G」を観た。
指導医(ドクター G)が実際にあった症例を提示し、4人の研修医が主に病歴から診断名を当てるというもの。

自分は内科的知識が乏しいので気軽な勉強のつもりで楽しみながら見ているのだが、今日はどの研修医も気がつかなかった患者の首の腫れを見抜くことができ、ヨメさんや息子の前で鼻高々だった。

プロの麻酔科医なら気道確保に多少なりともつねに関心を持つものなので、自然に首に目が行きがちなのではないかと思う。

2011年8月12日金曜日

事務手続きで出勤 (過去の投稿)

9月からの復職をスムーズにするため、事務手続きで御茶ノ水まで出かけてきた。

2009年9月に休職に入ってから新しい建物に麻酔科の医局とか研究室が移転したので、どこがどこだか全くわけがわからず、完全に浦島太郎状態・・・。

ついでに総務で身分証明書用の写真撮影を行なったが、テニス焼けで顔が異常に黒く、いつもの自分ではないみたいだった。

2011年8月10日水曜日

久々の英会話教室 (過去の投稿)

2年ぶりに英会話教室に通おうと思ったら、久しぶりなのでレベルチェックが必要とのこと。

バンクーバーではいつもそうだったが、今回もしどろもどろになりつつ、それでも何とか終了。

「すばらしい英会話力」だって受付の女性がものすごい勢いでホメちぎってくれたけれど、バンクーバーではホントに英語で苦労したので、とうてい素直には喜べない。

英会話の道は遠くて険しいが、あせることなく一歩一歩努力を続けるつもり。

2011年8月8日月曜日

久々のファイバースコープ (過去の投稿)

ここ2週間ほどのどの調子が悪く、近所の耳鼻科医を受診した。

両鼻に局麻を施してから細いファイバーを経鼻的に通してから喉頭と咽頭を観察したのだが、ファイバーが鼻から出て中咽頭に入る瞬間が気持ち悪いほか、中~下咽頭粘膜にファイバーが触れると嘔吐反射が出てしまって地獄の苦しみだった。

悪性疾患は否定され、それはそれでまあひと安心といったところ。